「は~、極楽~」
花村陽介はおっさんのように湯船に浸かって人心地ついた。
丁度良い温度の湯に肩まで浸かりながら、長い息を吐く。一日の疲れがその呼吸から抜けていくようだ。
湯気にかすんだ視界に見えるのは、自宅の浴室の白い壁ではない。水色掛かった壁は、陽介の家のものよりもだいぶ古臭いし、身体をつけたバスタブは足を伸ばせない。けれど、お湯の心地良さに変わりはない。
幼女向けの可愛らしいシャンプー容器や、アニマル型のスポンジが置いてある庶民らしい浴室は友人の家のものだ。
陽介は今、クラスメイトであり親友兼相棒の真澄鵠の家に泊まりに来ているのだ。
白い入浴剤が入ったお湯を両手で救い上げて、流れに任せて落とす。すると、ふわりと花の香りが舞った。
この家の主である男やもめの刑事がこんなものを購入するとは思えない。娘のために購入した可能性も否定出来ないが、おそらく購入したのは鵠だろう。
自分と同じ男子高校生のくせに母親がごとく細やかな気配りが出来る、そういう奴だ。
「陽介、湯加減どうだ?」
入浴剤の購入者と思われる声が脱衣所から聞こえてきて、ちょうど鵠の事を考えていた陽介は慌てて振り向く。けれど別に浴室の扉は開かれてはいない。窓ガラス越しに長身のシルエットが見えるだけだ。
「お、おう、丁度いいぜ!」
「なら良かった、ちゃんと温まれよ。タオルと着替え、ここに置いとく」
「サンキュ~!」
思わず慌ててしまった自分がなんだか恥ずかしい。陽介は鼻までお湯に浸かってぶくぶくと口から空気の泡を浮かべた。
別に覗かれた所で困る事もなく、男同士で恥ずかしがる事もないのだが。
恥ずかしいものは恥ずかしい。
ただの友人の関係であればここまで恥ずかしい事もないだろう。例えば後輩の巽完二に裸を見られた所で、どうと言う事もない。……別の意味では少し怖いが。
誰よりも陽介の身体を隅々まで知っている恋人の鵠だからこそ、羞恥を覚えてしまうのだ。
鵠にまったくそんな意図はなかっただろうに、余計な事を考えてしまった己を恥じて大きく息を吐き出したところだった。
ガチャリと、不意に浴室の扉が開いた。
「ふえっ?!」
「これ、やるよ」
ノックもなしにいきなり扉を開いて湯煙の中に顔を出した鵠は、いつも通りの無表情でポイッと何かを湯船に投げ入れた。
ボチャンと目の前に水飛沫が上がり、陽介は思わず手で遮る。何が投げられたのかと手をどけると、そこにはぷかぷかと黄色い物体が浮いていた。赤いくちばしの付いた、黄色いアヒル。
「……ナニコレ」
「隊長」
ゴム製の玩具を手でつかんだ陽介は、柔らかいそれをぐにっと指で押してみる。すると、くちばしの先からプシューと水が吹き出て己の顔に掛かった。
陽介は相棒の意図が分からず、手の中の可愛らしい物体を見つめる。
お前は男子高校生の俺に、これをどうしろと言いたいの?
「遊びすぎてのぼせるなよ」
「遊ばねーよ!」
バタンと閉められた扉に向って陽介は思いっきり湯船の水をすくって投げたが、ガラス窓に隔てられてターゲットには雫一つ掛けられなかった。
おそらく鵠の従兄弟である小学生の菜々子用おもちゃだと思われるアヒルは、真ん丸い身体で揺れる水面を暢気に進む。
17歳にもなって、さすがにこの玩具で遊びたいとは思わない。陽介は俺は子供じゃねーっつのと一人ごちると、水面を撫でて隊長を遠くへと追いやった。
実際は子ども扱いされたわけではなく、単純にからかわれているのだろう。
オカンの様な包容力を持つ謎の転校生は面倒見がいい反面、とんでもないドSだ。
けれどそれを知っているのは恋人である陽介だけだ。陽介を苛める時だけ普段の菩薩の仮面を脱ぎ捨てて、欲望むき出しの悪魔へと変貌する。
どちらかが嘘や偽者なわけではない。アヒルの玩具を投げ入れたのも、リラックスできる入浴剤を入れて着替えとタオルを用意してくれたのも同じ人間だ。真澄鵠は数多のペルソナを使いこなすように多種多様の顔を持つ男なのだ。
その全ての顔が愛しい。全ての顔を見せて欲しい。
だからどれほど苛められようとも、陽介は全て受け入れてしまう。
凹凸が嵌るような関係に、二人が相棒を通り越してもっと近い関係へとステップアップしてしまったのも必然なのかもしれない。
陽介はまた顔半分を湯船に埋めながら、バスタブの端っこで寂しそうに浮かぶアヒルへ手を伸ばした。
捕まえたそれをブニブニと押して遊ぶ。沈めて水を含ませて、また押して出す。それを繰り返す。
楽しいような楽しくないような。
「……ヤバイ、ほんとにのぼせそう」
顔が火照ってきた事に気付いた陽介は、アヒルをそのままにして慌てて風呂から上がった。
脱衣所に出ると籠の中にふんわりした白いタオルがある。鵠が用意してくれたものだろう。遠慮なくそれを使って身体や頭を適当に拭く。
さて服を身に着けようと籠の中へと目をやった陽介は、タオルを動かす手をピタリと止めた。籠の中には見慣れない黄色い服が入っている。
今までも何度か堂島家へ宿泊した事はあるが、いつも貸してくれる着替えは鵠が使っているスウェットやパジャマで、大概グレーや黒、白などの落ち着いた色合いをしていた。
鵠はとても黄色い服など身に着けそうにないので、誰のものなのだろうと不思議に思ってそれに手を伸ばす。
両手でつかんでべろんと広げてみて、陽介の目は点になった。
「……ナニコレ」
本日二回目のナニコレ。
真っ黄色い服は、つなぎのようで長い。前面に長いファスナーが付いており、そこから着るようだ。
それはいいのだが、何故ギザギザした形の尻尾が付いているのか。フードに長細い耳らしきものが付いているのか。黄色の背中には茶色の虎縞のような模様。
どこかで見たことがある、小学生の大概は知っているキャラクターに酷似しているソレ。
陽介はバッと籠の中を見るが、そこには下着しか入っていない。脱いだはずの陽介の制服は持ち去られていて、着替えはこれしかないようだ。
まさか、小学生の女児がいるよそ様の宅で、パンツ一丁で出て行くわけには行かない。下手すると刑事である家主に即刻逮捕されかねない。
「あんのクソ相棒……ッ!」
どう考えても自分専用であると思われるピカチュ○の着ぐるみパジャマを握って、陽介は誰より愛しいはずの恋人に苦々しく呪詛の言葉を吐いた。
「オイ、真澄ッ、これは何だ!!」
「おかえり、陽介。……なんだ、普通に似合うな、つまらない」
「つまるとかつまんないとか、そういう問題じゃねー!」
風呂場を出て二階に駆け上った陽介は、鵠の部屋の扉を開いて開口一番怒鳴った。
幸いな事に家主はまだ帰宅しておらず、菜々子には会わなかった。謎の黄色い生物的なみっとも無い姿を見られずに済んだ。
陽介は仕方なくピ○チュウパジャマに袖を通したが、恥ずかしくて頭にバスタオルを被ったままだ。
ソファーに座ってテレビを見ていた鵠はまったく悪びれずに手招きする。
のしのしと短い足の黄色い獣が怒りを顔に滲ませながら前身すると、鵠が突然盛大に噴出して身体を折って笑い始めた。
普段表情をあまり変える事のない相棒の、雪子並の笑い方にギョッとしたが、ここで怯んではいけない。なんとしても普通のパジャマを確保しなくてはこのまま一晩過ごす事になる。
「ぷッ、……ッ、クク、ぶっ、か、かわい……っ」
「笑うなー!!」
「バカ、声大きい。菜々子もう寝てるから静かに」
「あ、悪ぃ……、いや、お前が笑うからっ!」
「だってお前、ぶふっ、フード、フードも被って」
「ヤダ!」
鵠の要求に頬を膨らませてプイッと顔を背けると、腕を掴まれて引かれる。
僅かに抵抗するが、そんなものはものともしない腕力に引きずられて、陽介はソファーの前に座らされた。精一杯元凶の顔を睨み上げるが、こんなピカ○ュウ姿では威力はゼロだ。
「髪、濡れてる。ちゃんと拭かないと風邪引く」
「え、あ……」
フードを被せようとして陽介の髪がまだ濡れている事に気がついた鵠は、タオルを持って優しく髪を拭き始める。丁寧に柔らかく水気を取っていく仕草に、自然と陽介の身体の力が抜けて行く。
長い指先がタオル越しに髪を撫でる。あまりの心地良さにうっとりしかかった陽介は、こいつの身体からはα派かマイナスイオンでも出てるんじゃないかと考えた。
そして油断していたがために、鵠のたくらみに見事に嵌る。
髪を拭き終えたタオルが取られ、代わりにスポッと頭を覆う黄色い布。気付けばあっさりとフードを被せられてしまった。
「あっ!」
「ぶッ、ぶははは、っよ、陽介、ピッカ~って鳴いてごらん、くく……っ」
「鳴くかアホーッ!!」
「っと、静かにって言ってるだろ?」
「あ、ごめんっ……、いや、お前が悪いだろ!」
フードをかぶって完全な○カチュウになった陽介の頭を、笑いながら鵠が撫でる。笑いすぎだ。珍しいなんてもんじゃない爆笑ぶりに、ちょっとこのままでもいいかなと思ってしまう、危険だ。
「ったく、なんでこんなもんがあるんだよ」
「昨日、ジュネスでワゴンセールだったからつい」
ジュネス製品だと言われて、陽介が言葉に詰まる。自分の家の店で購入されたとなると、反論しづらい。
どう考えても購入者が悪いのだが、よりによってワゴンセールなんかにしていた売り場担当にも恨みの矛先が向きそうになる。
「普通のパジャマは?」
「ないよ。それお前専用だから、諦めて着てろ」
「マジかよ……、お前が着ろっつーの!」
「昨日着てみたら菜々子が喜んでたよ」
「着たんかい!」
鵠は菜々子を実の妹のように可愛がっているので、ピカ○ュウのパジャマを着るくらいなんでもないのだろう。ちょっとうらやましくなんてない。
なんだか死ぬほど嫌がっている自分がバカな気がしてきて、陽介はもう諦める事にした。
どうせ見るのは鵠だけだ、慣れてしまえば恥ずかしくない。それに意外と着心地はいい。
「どうしてもイヤなら脱いでもいいけど」
「え、脱ぐ脱ぐ」
「どうぞ? まあ他に着替えはないけど」
すぐさま脱ぎ捨てようとした陽介の手が止まる。顔を上げると薄笑いを浮かべた男と目が合った。
着替えはない。ないというより、出さないというのが正解だろう。すなわち、脱いだらそのままの姿、パンツ一枚でいろと言う事だ。
寒いとかそういう前に、恋人の前で裸同然の格好など誘っているようなものではないか。
陽介は降ろし掛けたファスナーを無言で元に戻した。
ピ○チュウパジャマに妥協して、陽介は鵠の隣へと座る。黒皮のソファーの左側はもう定位置だ。
勝手知ったる人の家とばかりに、楽な体勢にコロリと転がってテレビへと視線を映す。丁度ジュネスのコマーシャルが流れていて、耳に残る音楽が流れた。
菜々子が大好きなジュネスのテーマソングは、鵠の携帯の呼び出し音にもなっている。
「あ、俺見たい映画があったんだ。もうすぐ始まる」
「何、洋画?」
娯楽の少ない田舎町の稲羽市では、テレビは貴重な娯楽の一つだ。陽介も家にいればテレビはつけっぱなしことが多い。
鵠はローブルの上にあった古い型のリモコンを手に取ると、チャンネルを変えた。
すると、突然暗い画面からおどろおどろしい音楽が流れて来る。ジュネスのCMとのギャップが半端なくて余計に陰気さが際立つ。
ギョッとした陽介の目が見開かれた。
「これ、面白そうで見たかったんだ」
鵠の顔色は変わらない。
反面、画面に釘付けになった陽介の顔色は若干青い。
テレビ画面には今から始まるロードショーの予告が流されている。やたらと光の少ないブラウン管の映像では、恐怖に叫ぶ男女の顔、襲い来る恐ろしいゾンビのドアップ。その後にドーンと効果音と共に死霊の盆踊りというタイトルがでかでかと画面中央に出た。
「え……? ちょ、コレ、見んの?!」
「うん、面白そうじゃん」
全然。まったく。欠片も面白そうじゃございません。
慌ててソファーから身を起した○カチュウもとい陽介は、黄色い手ではしっと鵠の腕をつかむ。
そんな陽介の様子に、鵠は訝しげな顔をする。
「イヤ?」
「え、イヤって言うか、その……」
「……もしかして、怖いとか?」
「そそそそんなわけないだろ!!」
「声でかいってば」
ブンブンと首を振ってやけにオーバーリアクションで否定する黄色い珍獣に、鵠が微妙な眼差しを向けた。
その視線を受けて、引きつった笑いを浮かべた陽介は、言葉を探して目を泳がせる。
テレビ画面ではコマーシャルが流れていて、これが終れば本編が始まってしまう。時間はない。
「アー、そうだ、俺お前に聴かせたいCDが……」
「見終わったら聴くよ」
「……う、ぅん、……あーっと、ほら月曜日提出の数学の宿題やらないと!!」
「明日やればいいだろ?」
「ですよねー」
じっと鵠の目がこちらを見ている。感情を読み取らせない曇り空色の瞳が、見透かすように。
陽介は冷や汗を垂らしながら目線を逸らして、必死で何か気を逸らす方法を考えた。こういう時に機転が効かない己のバカさ加減が嫌になる。
もうすぐCMは終ってしまう。いっそペルソナでテレビを吹っ飛ばして壊してしまいたい衝動に駆られながら、陽介はぐるぐると混乱する頭を何とか動かす。
そこでハッと天恵が閃く。
「ま、真澄、しよう!」
「何を?」
「何って、その……え、エッチ」
顔を赤くして誘う○カチュウ、ではなく陽介に、鵠が一瞬虚を疲れた顔をする。そんな着ぐるみ姿で急に言われても、その気になれるわけもない。
陽介からの積極的なお誘いは珍しいのだが、ここはあえてそれには乗らない。
「うん、後で。見終わったら」
「ううっ、どうしても見るのか……」
策敗れたり、がっくりと特捜隊参謀役の陽介はソファーに両手を付いてうな垂れる。フードについた耳がふるふると震えていて笑いを誘うが、鵠は顔を引き締めて我慢した。
そうこうしているうちに、じめっとした暗い音楽が流れてきて、画面には夜の山をドライブする男女が映し出される。映画が始まったようだ。
「うわっ、始まった!! ……うう~っ、」
おろおろと動揺をあらわにする珍獣は、画面を一瞬見て青い顔をした後、慌てて鵠の膝の上に乗るとひしっと首に抱きつく。
傍から見るとでかいピ○チュウに抱きつかれている絵面だ。
「陽介苦しい、あとテレビ見えない」
「ぅ、むむ~」
鵠に文句を言われて一旦身体を離しては見たものの、後ろのテレビからは陰鬱としたBGMが聞こえてくる。
陽介は仕方なくもぞもぞと居場所を探す。結局、横向きに鵠の足の間に座り、ぎゅむっと広い胸にしがみつく形で落ち着いた。
好きにさせていた鵠は、陽介の様を見て目を細める。
「怖いの?」
「そんなんじゃありませんからッ! ちょっと甘えたい年頃なんでお気になさらずッ!」
「……同い年だろ」
胸に顔を押し付けてプルプルしている黄色い生き物に、鵠の腹筋が痙攣を起こしそうになる。このパジャマを着せたのは失敗だった。可愛いのだが笑えてしょうがない。
頭をなでなでしてやりながら、鵠は画面を指差す。
「なら見れば? 面白いらしいよ」
「い、いや、その俺は忙しーっつか、その」
「怖くないってば」
「だ、誰も怖がってなんていませんよ、真澄さんたらヤダなー!」
ハハハと渇いた笑いを漏らしながら、そっと陽介が顔を上げて画面をチラリと見る。
その瞬間、たまたま女性が大きな悲鳴を上げた。車のUターンに失敗して崖から車ごと落ちるシーンだったのだが、陽介は大袈裟なほど身体をビクッと震わせて。
「ミギャーーーー!!」
女優よりよっぽど大きな声で叫んで、また鵠の胸に顔を突っ伏した。
「大きい声出すなって、菜々子が起きる」
「だって、おま、あの女怖すぎだろ顔ッ!!」
それは女優に失礼なんじゃと思いつつ、必死にしがみつく陽介の身体を抱き締めて背中を軽く叩いて落ち着かせる。まんまオカンだ。
もはや涙目になっている陽介に苦笑を浮かべて、鵠はあやすようにそれを繰り返す。
「やっぱり怖いんじゃん」
「ちょっと苦手なだけだっつのっ! あーもーッ、こんなん見てて、そこの窓からあの女が入ってきたりしたらどーすんのよお前!」
「ないない」
あの女優はゾンビではなくただのヒロインなので、窓から入ってきたところで単なる泥棒か家宅侵入罪なのだが、陽介の中ではもはや女優もゾンビに認定されているらしい。
錯乱してわけのわからない事を叫ぶ陽介が少し可哀相になってきて、鵠はテレビのリモコンに手を伸ばす。
「どこ行くんだよ、俺を一人にするな真澄ーッ!」
「どこも行かないって」
「ほんとだな?! あの女が襲ってきても俺を置いて逃げるなよ!」
「逃げないよ」
別にあの女優さんゾンビじゃないし。という言葉はあえて言わずに、陽介を抱えたままリモコンでテレビを消した。ホッとした陽介の身体から強張りがなくなる。
以前から陽介はもしかして怖がりなのだろうかという疑惑はあったが、ここまで酷いとは思わなかった。菜々子でもここまで怖がらない。
怖がって抱きつかれるのに悪い気はしないからいいのだが、このレベルだと日常生活に支障をきたしそうだ。そこまで考えてふとシャドウとの戦闘に思い至った。
「もしかして、戦闘中にヘッドフォンつけてるのって怖いから?」
「うぐっ! だ、だって、あいつら変な鳴き声出しててキモイじゃん!」
ここにいるでかいピ○チュウの方がさっきから変な鳴き声(?)上げてるよ、と思いつつ、鵠は部屋の隅にハンガーで吊るしてある制服に引っ掛けてあるヘッドフォンへ目をやる。赤とオレンジのヘッドフォンは陽介のトレードマークみたいなものだ。
戦闘中になると何故か装着するので、最初はこちらの指示の声が聞こえないのじゃないかと心配した事もある。単純に怖いからせめてもの耳栓代わりだったようだ。
「そんなんで良く戦えてるな」
「そ、それは……、ジライヤがいるし、それにお前もいるし……」
自身の分身であるペルソナと同格に、頼りにしてもらっているという事実は悪くない。本当は怖いのを我慢して、それでも事件を解決しようと頑張っている陽介がとても愛おしく思えた。
鵠は涙の滲んだ陽介の目尻を指先でなぞり、そこにキスを一つ落とす。見上げてくる茶色い瞳からは、絶対的な信頼感と愛情。そういう所が本当に犬っぽい。
可愛いなと鵠が再び唇を寄せた時。
「あいぼー、も、漏る……っ」
「……は?」
眉を寄せて股間を押さえたピカチュウが、潤んだ目で見つめてくる。
どうしてこうコイツは肝心な時にシモが緩いのだろうと、鵠はちょっと遠い目になった。
「トイレ行けよ」
「トイレ……、一階だろ」
「だからなんだよ」
「……ついて来てお願い」
子供か。
トイレに一人で行けない男子高校生ってどうなんだろう。
先ほど風呂で鵠に子ども扱いされた事を不服に思っていた事など、すっかり星の彼方らしい。陽介は鵠の袖を引っ張って、連れションをねだる。
その顔があまりに必死で、突き放す気力が萎えた。ここでまた意地悪をして騒がれても困る。
鵠は大きく溜息を吐いて立ち上がった。
「仕方ないな」
「あいぼー、あいしてるー!」
「こんなことで愛されてもね……」
ほとんど陽介に引きずられるように階段を降りて、一階のトイレ前まで来た。
覚悟を決めたような顔で、扉のノブに手を掛けるピカチ○ウは相当におかしい。
さっさと入ればいいのに、振り向いた陽介は一応菜々子に気を使って小声で泣き言を漏らした。
「お前、ここで待ってろよ、絶対どっか行くなよ!」
「どこも行かないよ。ほら早くしてこい、漏らすなよ」
「ほんとに行くなよ?!」
「信用ないな。……分かったよ、なら、」
陽介の手の上からドアノブを回して扉を開けた鵠が、後ろから体を押す。
無理矢理トイレに入れられた形になった陽介が驚いている隙に、トイレの扉は閉められた。
そして後ろにピッタリと張り付いた鵠から、低い声が耳を疑う台詞を届ける。
「俺が手伝ってやるよ」
言うが早いが、鵠の手が後ろから着ぐるみのファスナーを一気に降ろした。
「ま、真澄?!」
「何回言わせるんだ、大声出すなよ。菜々子が起きたら困るだろ」
「ちょ、まッ、ぁッ!」
動揺する陽介の抵抗など微々たるものだ。後ろから身体を覆うように密着した鵠は、ファスナーの合間に無造作に手を突っ込み、陽介の下着に手を掛ける。
そのまま、ボクサーパンツをずり下ろして性器を引きずり出してしまった。
「じ、自分で出来るって! バカ、やめッ!」
「これなら傍にいるから安心だろ? ほら、早くしろよ」
「いやいやいや、いくらなんでも近すぎるだろ!」
尿意が限界な性器に手を添えられて排泄を促されるが、出来るわけがない。
もがいてもがっちりと後ろからホールドされているので、逃げられもしない。そもそもヘタに暴れると漏れそうだ。
どうしたらいいのか、視線をさまよわせても助けは来ない。陽介は涙目で天を仰いだ。
「出ないなら、出させてやろうか?」
「ふぇ?!」
鵠は容赦ない。無慈悲に手を添えたそれを握ると、上下に擦り始めたからたまらない。
直接的快感を強制的に与えられて、陽介の身体が震えた。我慢しようとしても、搾り出すような手の動きに追い立てられる。
「ぁッ、や、やだ……っ、出ちゃう……っ」
「出せっつってんの」
「ぅ、はっ、離し…ぁッ!」
キュッと片方の手で胸の突起を強く摘まれて、身体が戦慄いた。そして、陽介の我慢の砦は一瞬で決壊した。
一気に緩んだ下肢から、尿が溢れてそのまま水音を立てて便器の中へと落ちていく。羞恥に陽介の身体全てが燃えるように熱くなった。
「ふ、ぁあ……っ、ま、すみの、バカぁ……っ!」
「……長いな、どんだけ我慢してたのお前」
「んっ、……見る、なっ、うぅ~~ッ!」
一旦出してしまうと止める事など出来ない。結構前から我慢していたためすぐには終らず、陽介はじっくりと鵠に放尿の最中を眺められる嵌めになった。
出し切ってしまうともうどうでもよくなって力が抜けてしまい、鵠にされるがままにパンツを戻され、ファスナーを上げられる。
めそめそしていると、手まで洗ってくれたが全然嬉しくない。
そのまま手を引かれてまた二階の鵠の部屋まで戻った。
「気にするな、俺は楽しかった」
「うわーん、へんたいーっ!」
「またテレビ点けられたいか?」
「嘘です、やめてください、ゴメンナサイ」
恥ずかしさでソファーに突っ伏してうーうー唸る陽介の身体を、鵠の指が突っつく。拗ねて丸まったピ○チュウの頭をわしわしと撫でてやると、またうーと珍獣が鳴いた。
「陽介、機嫌直せよ」
「ますみのバーカ、ドS、鬼、悪魔ッ!!」
「あ、窓からさっきの女が」
「キャアァァ!? ……って、いねーじゃねーか! 死ねアホ!」
鵠の言葉にソファーから転がり落ちた陽介は、怯え顔で窓を見る。そこに誰もいないのを確認すると、顔を赤くして叫んだ。
そしてまたソファーに丸まってしまう。余計に拗ねたようだ。
さてどうやって懐柔したものか、と鵠が考えた時。
突然窓の外が光った。遅れてゴロゴロピシャーンッと大きな音が響く。
雷が鳴り響いたのだと理解するより前に、鵠は突進してきた黄色の物体に顎を強打された。そのまま重みで後ろへぶっ倒れて、ソファーの横に並んでいる机にゴンッと頭をぶつける。
さすがのリーダーも、痛くて呻き声を上げる。物理反射のペルソナを装着していなかったことを後悔した。
「イ゛ッ! ったた……、陽介、急にどうし……」
「ぴぎゃーーーッ!!」
再び、窓の外に稲光が走った。閃光を追いかけるように轟音。雷がどこかに落ちたのだろうか。バケツを引っくり返したような豪雨も降り始める。
ソファーから落とそうな体勢の鵠の胸の上には、黄色いでかい物体がプルプルしていた。全身の毛を立てて尻尾を丸めた○カチュウは、稲妻が鳴り響く度に奇怪な悲鳴を上げる。
したたかに打ち付けた頭と、頭突きされた顎が痛い。
だが、それに構っている暇はなさそうだ。
「そうか、雷……。お前、弱点だったな……」
「うううっ、か、雷、だけは、ダメなんだ~~っ!」
「いや、怖いもんだらけだろ……」
陽介を抱えやすいようになんとか体勢を直して、鵠はよしよしと胸の上で震える同い年の男子の頭を撫でる。こんな事ばかりしてるから、オカンとか言われるようになってしまうのだという自覚はない。
鵠の胸に顔を突っ伏して目を閉じて、耳を両手で塞いだ陽介は青い顔をしている。ペルソナジライヤの弱点になっているくらいだから、本当に苦手なのだ。
「お、俺のヘッドフォン……っ」
陽介の手がヘッドフォンを探してさまよう。
おそらく家では雷が来るとヘッドフォンをして、一人で布団でもかぶって凌いでいるのだろう。
「陽介、落ち着け」
「ヤダ、怖いっ、ますみぃ……っ」
身体を起そうとしたが、半泣きの陽介に余計にしがみ付かれて阻まれる。これではヘッドフォンを取ってやる事もできない。
鵠は陽介を抱き締めて宥めながら、どうしたものかと思案する。
外では閃光が繰り返し窓を照らし、雨は酷くなるばかりだ。張り詰めた外の空気が、イサナギを宿す鵠には心地良いくらいなのだが、ペルソナをチェンジする事が出来ない陽介にはたまったものではないのだろう。
細い体が音が鳴る度にビクビクと揺れるのがなんとも哀れだ。
「陽介、顔上げて」
「む、無理」
「いいから、怖くないよ、大丈夫。俺がいるだろ」
「う、うぅ~?」
半ば無理矢理顔を上向かせた鵠は、そのまま陽介の唇を塞いだ。少し渇いたそれは普段よりも温度が低い。
淡く触れて、すぐに深く。
水音が響く頃には、鵠のシャツを握る陽介の手が僅かに緩んだ。
雷から少し意識を奪う事に成功した鵠は、そのまま体勢を入れ替える。
ピカチュ○を組み敷いて、なんでこんなもんを着せてしまったんだと若干萎えつつも、見ないふりをして再び唇を重ねた。
舐めて吸って絡ませて口腔の奥まで愛してやると、陽介の震えていた体が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「俺のこと、考えて」
「ぅ、ん……っ」
「俺のことだけ、見てろよ」
「ぁッ……ます、み……」
ファスナーを降ろしてパジャマを脱がせてしまうと、鵠は陽介の激しく波打つ心臓の上にキスを落とす。もう心音の乱れは、雷に怯えているせいなのか、身体が高まっているせいなのか分からない。
他の何も目に入らないように、全て奪ってしまえばいい。
視覚も聴覚も触覚も感情も、全て自分だけのために使えばいい。
「ふぁ……ッ、真澄、ますみ……っ」
「俺でいっぱいになっちゃえよ、陽介」
互いの熱を触れ合われば、高まりは止め処ない。
互い以外の全ては関係のない外の世界、ここには二人だけしかいない。
俺がいるから、怖くない――
暗示のように、鵠は何度も繰り返す。
もう陽介には雷の音も光も届かない。ただ鵠に与えられる熱を追うだけの身体だ。
溺れるように甘い熱さにただ満たされていく。眩暈のするひどく心地良い海へと身体を投げ出しているように。
もう何も、怖いものなどなくなるまで――。
後日、テレビの中。
特出し劇場丸久座でりせ救出に向かう最中のこと。
シャドウとの戦闘で上手くアドバンテージを取れた特捜隊、その中でも一番素早い陽介が早速攻撃を開始する。
敵はピラミッドを逆さにしたような台座に乗った黒いマリアのシャドウが三体だ。
怖くない怖くない真澄がいるから大丈夫、と呪文のように口の中でつぶやきながら、いつものように景気良く飛んだ陽介はジライヤを召還する。
「行け、ジライヤ! マハガル!」
「っ、待て、陽介……!」
「え?」
鵠の制止の声は間に合わず、ジライヤから放たれた突風が黒いマリアへと襲い掛かる。
だが、牙を向く前に透明な壁が風を阻み、それはそのままの威力を保ったまま陽介へと跳ね返ってきた。
「しまった、反射……! うわぁっ!!」
『疾風属性は効かないクマ!』
「この馬鹿……! 千枝!」
「おっけーおっけー! 来て、トモエ! マハブフ!!」
千枝が放った氷結の刃は、黒いマリアを切り刻む。見事ウィークポイントに当たり、悲鳴とともにシャドウは消滅した。
戦闘が終了して、傷を受けてしまった陽介に仲間が駆け寄る。
「大丈夫? 花村君」
「ああ、大丈夫、たいしたことねーよ」
「ばっかだねー」
「う、うるせー悪かったな!」
雪子のディアを受けながら千枝のからかいに唇を尖らせる。
その後ろから、低い声で追撃が飛んできた。
「本当にな……、前にも解放のマリアとは戦ってるよなぁ?」
「うっ、あ、相棒、悪かったって……」
「お前のこの脳みそは飾りか?」
ガッと鵠の大きな手に頭をつかまれた陽介の顔が青くなる。そういえば、似たような事を間違えるのは今日4度目だ。
陽介の脳裏に、オカンの顔も三度まで、と謎の格言が浮かんだがもう遅い。
気がつけば千枝と雪子はさっさと避難すべく距離を置いている。
「お仕置きが必要なようだな……」
殺気漂う目線と共に重低音で告げられた言葉に、陽介はガタガタ震えながら思った。
この世で一番怖いのは雷でもオバケでもシャドウでもなく、己の相棒だと。
その夜、陽介は自宅に帰ることは適わなかったとか。
END
- 作品名
- Weak!&1more?
- 登録日時
- 2009/09/15(火) 15:18
- 分類
- ペルソナ4::SS(千里)